究極のお嬢さん芸

すきなことを、すきなだけ

アダム•クーパーというダンサー

○○というダンサー、シリーズ化しようかな笑。
えらそーなこと言えるほどみてるわけじゃないけど、わたしなりに今感じている思いまとめておけるし。ちょっとかっこつけてもよいじゃない笑。

というわけで、アダムについて。
でもわたし、映像ですら彼がバリバリのクラシック踊ってるの観たことないんです。それだけ彼は自由なダンサーなんだろうな。

初めてロンドンでSingin' in the rainを観たときも、この前ヒカリエで同じ作品を観たときも、ふとアダムってなんて自由なダンサーなんだろうと思いました。

なんかね舞台の上にいるのがとても当たり前なのです。

バレエ、ミュージカル、オペラ、その他舞台芸術っていうのは根本的に設定が無茶なのです。
踊りながら(または歌いながら更に歌い踊りながら)、物語を進めていくわけですよ。
まだジゼルやラシルフィードとかある意味非現実的な物語だとまだその無茶さは薄まるんだけど、singin' in the rain とかは別に妖精も魔女もでてこない、もう少し現実的な世界なわけです。

さらに違和感を薄くするためにsingin' in the rainでは映画撮影ってことで歌って踊ることが当たり前、という状況にもなってるわけです。

でもね、やっぱり根本は無茶なんです。
タモリが言った、なんで何でもない場面で突然歌って踊るんだよっていうのはミュージカル、オペラ、バレエには永遠につきまとう訳です。

その中でアダムは何の違和感もなくただ歌って踊るのが当たり前のように存在しているのです。

本当にそれってすごい。
あんなにも踊りで表現することが当たり前で自由なのです。

なんていうか表現するってレベルじゃない、踊ることがコミュニケーションになってる。
アダムを観れて幸せでした。

そして実はロンドン千秋楽の日に出待ちをしたのですが(それも昼夜両方笑)マチネのあとステージドアで待っていると、キャップを目深に被り両手にゴミ袋抱えてコソコソでてきてました笑。

でもすぐバレる笑。土曜のお昼でお子さんが多かったのもあって結局サインしてくれてそこに便乗しました笑。

そして夜は子役ちゃん2人が待ってて、アダムは出てきた瞬間彼らの近くに寄っていって、君たちと仕事が出来てよかったよ!またいつか一緒に踊ろう!みたいなことを言っててジーンとなりました。

その後写真撮って下さいとお願いしたら気さくにいいよって言ってくれて幸せーなんて思ってカメラ起動してたら他のお姉さんがアダムを連れていってしまったのです。
ぬーんってなってたら、アダムがひょっこり戻ってきてくれて、準備できたー?とか言ってくれました。

恋に落ちたのは言うまでもない爆笑。

舞台の上ではスターって感じなのに、ステージドアではもちろんオーラはあるけど少しシャイで気さくでそのギャップが本当に印象的でした。

ただ舞台の上でもステージドアでも変わらないのは、その飾らなさだと思います。そこがわたしは好きです。

アダムの舞台を見終わるといつも思うことがあります。
またいつか舞台の上にいるアダムを観れますように。

そう思わずにはいられないダンサーなのです。